あじさいのある風景

(「LOGOS No.35」1992.9 )

 

花井 寛

 梅雨のころ教会とめじろ台駅の間を歩くと、目につく花の中で心を魅くのがあじさいである。葉も花も大きく印象的であり、花の色が派手派手しくないのが良い。清楚な住宅街の真直な通りの両側に、ところどころ花が顔をのぞかせているのが見えるだけでこれから通りのいちばん向こうまで歩いて行く自分の心が洗われるようだ。

 雨の日に偶然通りかかった寺の門をくぐる。まっ青な花をたわわにつけたあじさいの木が細い雨のすだれの向こうにある。古い本堂の枯れた色とよく似合う。水と植物とがかもし出す日本的な美といえる。特大の日本画を観ているような想いで、しばしじっと傘の下にいた。

 二、三年前、箱根のスカイラインを車で走った時、数キロにわたって両側に延々とあじさいが色とりどりの花を咲かせているのに出会っておどいた。東京ではもう花が終ってしまった7月初めのころだったので、その再会が新鮮だった。

 今年6月から7月にかけて仕事の関係で本所、向島界隈を歩きまわった。昔からの風情をそのまま街並みにのこして下町は生きている。せまい道路の端にも発砲スチロールの箱を利用した植木鉢が並んでいる。住んでいる人たちの優しさが伝わってくる。梅雨明けと同時に続いた猛暑の中を歩きまわって、あとからあとから吹き出す顔の汗を拭きとった時、私の眼の前にあったのは植木鉢の青いあじさいの花だった。 私の心にすっと涼風を送ってくれた。

TOPへ