ことばの世界のことば (2)

(「LOGOS No.18」1990.12)

栗原 敦(実践女子大学教授)


いま、あなたは嘔気をこらえ、
水晶 花 貝殻が、世界の空に
炸裂する真昼の花火を夢見ている。

(鮎川 信夫)

 全八章230行に及ぶ鮎川信夫(1920〜1986) の代表的長編詩「橋上の人」第一章第二連、「橋上の人よ、あなたは/ 秘密にみちた部屋や/ 親しい者のまなざしや/ 書籍や窓やペンをすてて、/ いくつもの通路をぬけ、/ いくつもの町をすぎ、/ いつか遠くの橋のうえにやってきた。」につづく末尾。

 「世界」という全体性を背負わされた「空」に、「真昼の」見えざる「花火」を幻視する「橋上の人」の内面に心ひかれよう。

 「此処」と「彼処」をつなぐ「橋」、その上にある人はまがうかたなき中間者である。「1940年の秋から1950年の秋まで、」「いたるところ」を「漂白」するよう強いられ、死にそこなって、いま橋の上に「帰ってきた」。
 追懐と喪失だけを手にして「破壊された風景のなか」、「嘔気」を催させる「現在」に佇む戦中世代の生き残り。「水晶」も「花」も「貝殻」も喪われた追懐の対象だろうか。

 戦争の犠牲者に重なるべき「見すてられた天上の星」である「孤独な橋上の人」は「教えて下さい、/ 父よ、大いなる父よ、/ わたしにはまだ罪が足りないのですが、/ わたしの悲惨は貴方の栄光なのですか。」と問うが、彼を「あなた」と呼ぶこの詩の語り手は「あなたの内にも、あなたの外にも灯がともり、」瞬き消えかかる姿をもって「死と生」の中間に生きねばならない存在の痛切さをとらえて作品をおさめる。

 戦後社会にあって、孤立を恐れず大勢の赴くところを疑う批判的方法を堅持して、救いから遠い中間者の自由を支え通した詩人鮎川の位置がそこにあった。

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