ことばの世界〈花〉のことば (3)
(「LOGOS No.19」1991.1)
栗原 敦(実践女子大学教授)
わがこころ豊かなる日は
ひとひらの雲さへ花のごとく匂へり
(関 登久也)
いのちあるもの、いのちなきもの、人はそれを区別する。だが、そういった分別、差別をこえて万物が照応し、あらゆる存在の円融が信じられる時はあるのではないか、そう思わせる。
しかも、大仰な身ぶりの神秘体験のようなものとしてでなく、さりげない「わがこころ」の「豊かなる日」において見出されていることが、自然な実感として私たちにも伝わってくる。円熟の歌境と言うべきか。あえて「花」そのものでない、たとえの言葉から選んでみた。
関登久也(1899〜1957) 本名岩田徳弥、関は旧姓。岩田洋品店店員ののち菓子製造業などを営む。第一歌集『寒峡』(1933) の間に二人の子供を亡くしているが、その折には「父母がみゆかといへば目をあきてみえぬといひぬ愛し(かなし)その唇(くち)」「側に来て寝(いね)よといふに寝てやればやつれし面輪少し笑みしも」などがある。
歌の師尾山篤二郎は、第二歌集『観菩提』(1940) の序で「関君の歌は、所謂方華煥発の類ではない。落着いてじっくりと石工が碑銘を刻むような歌である。」と評している。
宮沢賢治の父政次郎の従弟にあたり、終始賢治に兄事した。賢治没後、彼を世に紹介した功績者の一人であった。長く関西に住いし、早くから賢治研究に携わって関と親しく交わった小倉豊文は、互いに短?猪首の亥年の同年生まれゆえ、東の猪、西の猪と呼びあっていたという。