ことばの世界〈光〉と〈風〉のことば(1)

(「LOGOS No.30」1992.3)

栗原 敦(実践女子大学教授)


きみにならびて野にたてば、 風きららかにふききたり、
柏ばやしをとゞろかし、     枯葉を雪にまろばしぬ。

            (宮沢賢治)

 光のように輝いて見える風。そのきらめきは、「きみにならびて」たつ若き心のきらめきでもあろう。だが、木立ちの中ではさほどではないとしても、高みでは林をとどろかし、足元には枯葉を転がしてゆく風。「野にた」つ心は、燃えながらも、どこか清冽な厳しさを感じてもいるようだ。

 宮沢賢治(1896〜1933)の最晩年に、推敲され清書された「文語詩稿 五十篇」のひとつ。良く知られた自戒と願いのメモ「雨ニモマケズ」が記された手帳にこの詩の原形も記されていたが、原形の一句ずつ四行で四連を、約半分の二句ずつ二行の二連にまで圧縮している。

 後半、第二連は「げにもひかりの群青や、山のけむりのこなたにも、/鳥はその巣やつくろはん、ちぎれのをついばみぬ。」と転じて、野に立つ人の心を明らさまに語ることはないが、草をついばむ鳥の仕草を巣の補修かと見るまなざしにも、愛の営みへの注目がほのめかされていると言えよう。ただ、ここでも、「(雪)けむり」が山腹のどこかに作る「群青」色の影を捉えて、「()()()ひかりの群青()」と深い感情的力点をうつあたり、地上の愛の営みに引かれる心を牽制するもうひとつの心の存在を強く暗示してもいるようだ。

 それにしても、雪の輝きを踏まえてのことかもしれないが、「影」を表すのに「ひかり」を用いて示してゆくのも見事で、読む者の心に忘れ難く刻まれる情景だと言う他ない。

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