子どもに語りたい

「青い目の人形」(3)



中野 光

  

3. 人形のその後――受けた迫害をふりかえる――

「青い眼の人形」が日本の子どもたちに歓迎されたことは言うまでもありません。どうしてギューリックたちから贈られた人形が好きになったのでしょうか。野口雨情のあの歌が広く歌われていたからかもしれません。

じつは、「青い眼の人形」が日本に来る十年ほど前に、東京にある私立帝国小学校・幼稚園の校長だった西山哲治という人が『子供の憧がるる人形の国』(1918年)という本を書いていました。この西山先生は20世紀のはじめにアメリカに留学し、スタンレー・ホールという大学の先生から「アメリカの子どもと人形についての研究」を学んで日本に帰りました。

どこの国の子どもも人形が大好きで、自分と同じ生命があり、会話をし、愛するものです。けれども日本の学校教育では人形が活かされることはありませんでした。西山は、学校には人形があるべきで、その人形は子どもがあこがれるような美しいもの、かわいらしいものがよい、と考えました。さっそく、西山は学校に人形をたくさん集めました。そして、学校の中に「人形の病院」もつくり、人形が死んだらお葬式をして、命日には供養のための行事もしました。この学校の子どもたちは、西山校長先生が大好きになりました。先生は校長室をなくして廊下に机をおき、先生方にもまず子どもと一緒に遊びなさい、とすすめました。

東京の池袋にあった私立「池袋児童の村小学校」も、西山の学校と同じように子どもを主人公にし、新しい教育をめざした学校でした。そこにも「青い眼の人形」がとどけられました。

名前は“ダマリン”といいました。子どもたちはダマリンさんを大歓迎しました。しかし、この学校は1936年につぶれてしまいました。しかし、幸いなことにダマリンさんは校長先生の家で大切にされ、今は神戸大学の図書館に保存されているということです。

ところで、「青い眼の人形」が日本に届けられてから4年たった1931年の9月、日本軍は中国と戦争を始めてしまいました。その戦争はどんどん大きく広がり、1941年の128日にはアメリカ・イギリスをはじめとする連合国を相手とする「世界戦争」にまで拡大させてしまいました。アメリカは日本にとっての敵となってしまったのです。戦争がはげしくなると「鬼畜米英撃滅」という言葉が使われるようになりました。これは「アメリカ人やイギリス人は人間ではない、鬼や畜生=動物なのだからみんなうち殺してしまえ!」ということです。

そんな時、「青い眼の人形」はどうなったでしょうか。ある学校では人形を紙に包んでひもでしばり、子どもたちの目に触れないようにかくしました。また、ある学校では人形に「捕虜人形」と書いた紙をはりつけました。もっとびっくりさせられたことは、仙台市の長町小学校で起きたことです。1943310日、この日は昔日本がロシアと戦争をして勝った日です。

それを記念して「敵愾心(敵を憎む心)」を育てるために、青い目の人形の首を縄で縛り、それを子どもの代表にもたせ、全校の子どもと先生たちが見ている前で運動場を引きずりまわらせ、それから校庭で人形を焼かせました。そのようなことはほかの学校でも行われました。「1年生に入りまして、校庭で朝礼がありました。校長先生が壇の上に上がり、その下には藁が山ほどつんであって、竹ざおの先に綱をつけて、青い目の人形がありました。

私の記憶の中にあるのは素敵なドレスを着たフランス人形という感じでした。そういうので、逆さ吊りにして藁に火をつけられて焼いてしまいました。もう、恐ろしくて恐ろしくて悲しくて、どんな学校でどんな先生がいて、どんなお友達がいたのかも全然覚えていないのです。ただ、戦争に行った父を駅まで見送ったことと人形が焼かれたシーンしか記憶にないのです。」と語っています。また、ある学校では人形をやいたときに「先生が拍手をしなさいと言われ、みんなで拍手をしました。このことを止める人も泣く人もいませんでした」ということもありました。

どうしてこんな野蛮な行為がなされたのでしょうか。あの日本とアメリカとの間にかけられた「友情の虹の橋」は消えてしまったのでしょうか。戦争を続けるためには子どもたちに相手の国を憎む気持ちを育てることが必要だったのです。その学校の中に「こんなことはやめよう」という正しい力がどうしてなかったのでしょうか。残念なことに、仙台の一小学校で起こったようなことは日本全国のあちこちでもあったそうです。それは日本にとって、とても恥ずかしいことです。でも「そんなこと無かったことにしようよ」というわけにはいきません。

そして二度と再びこのようなことが起こらないようにしたいものですね。

(写真は「みやぎ青い目の人形」を調査する会編「お帰りなさい『ミス宮城』2003年里帰りの記録」より転載)

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