201211  元旦礼拝

「置かれた境遇に満足する」

紫垣 喜紀

 新年、おめでとうございます。

穏やかな正月を迎えられましたことを、感謝いたします。

「一年の計は元旦にあり」と言われておりますが、2012年のスタートの日に信徒証言の機会を与えられましたことを感謝いたします。

以前に触れたことがありましたが、今日も、ブータン国王の話題から入りたいと思います。

 昨年の11月に、ブータンからワンチュク国王夫妻が来日されました。国会で演説したり、福島県の被災地を訪ねたりして、話題になりました。

ブータンはヒマラヤの麓にある人口70万人の小さな国です。国王はオックスフォード大学出身、流暢な英語を話す31歳です。奥さんもロンドンの大学を出たインテリです。しかし、謙虚で穏やかな物腰、暖かい人柄が、多くの日本人に感銘をあたえました。

この若いブータン国王が最近、「GNH」(Gross National Happiness)という考え方を世に問うて、世界の注目をあつめました。

「GNH」は「国民総幸福度」と訳されているようです。

「GNP」や「GDP」といった「国民総生産」をいくら競っても、人々は幸せになれない。貧しい人、健康を損なっている人、身寄りのない人がいても、周りの人たちが支え合っていく社会を目指すべきだ。それが国民の幸せにつながる。そのように呼びかけたのです。

この「国民総幸福度」という言葉の新鮮な響きに刺激されて、世界の研究機関がこぞって「世界の幸福度調査」に乗り出し、次々に結果を発表しています。

さて、われわれが関心を持つのは、やはり日本人の幸福度です。

どうなっているでしょうか。

それが残念ながら、あまり高く評価されていませんでした。

世界の75番目とか、90番目とか、随分と下位にランクされているのです。

この種の調査では、「あなたは幸せですか」という質問が土台になっています。

「あなたは幸せですか」と聞かれて、デンマーク人の96%は「イエス」と答えています。ブータン人の95%が「幸せです」と答えました。ギリシャ人もイタリア人もフィリピン人も90%以上が「幸せだ」と答えています。

日本人の回答率は明らかにされていませんが、「あなたは幸せですか」と聞かれて、回答をためらった人が多かったようでございます。

 私たち日本人は、もともと心配性の人が多いこともありますが、いま、社会や自分の暮らしの先行きに漠然と不安をかかえているのではないでしょうか。

その不安の根源にあるものを、少し考えてみたいと思います。

  国連の人口基金という機関が、昨年1031日に世界の人口が70億人を超えたと、発表しました。国連のバン・ギムン事務総長は「人類の成功だ」と70億人到達を讃えました。

しかし、さすがに世界のマスコミは手放しで踊りませんでした。

地球上に毎日、20万人から30万人の人間が増え続けている現実は、恐怖ですらあります。

食糧はもつのだろうか。水は大丈夫だろうか。

資源が枯渇するのではないだろうか。森林の減少や砂漠の拡大が、絶望的に進むのではなかろうか。大型の野生動物はすべて死に絶えるのではないだろうか。

人間と共生する野生生物が、カラスとネズミとゴキブリだけになったら、何と侘びしい世界ではありませんか。

世界の人口は、今世紀末に100億人に達するといわれております。地球人口の爆発は、不気味な問題だと言わなくてはなりません。

 皮肉なことですが、世界の人口が急増する中で、ヨーロッパ先進国や日本では人口の減少が始まりました。特に日本は、いわゆる超高齢社会の時代が急速に始まり、人口に占める高齢者の割合が極端に高くなりつつあります。

私は、京王・北野駅からバスで帰宅しますが、昼間の時間帯などは、乗客の殆どが高齢者で占められ、高齢化社会を実感してしまいます。

今から30年前の勤労者は、6人で1人の高齢者を財政的に支えておりました。

現在は、勤労者2.5人が高齢者1人を支えている計算になるそうです。

それでは、30年後の勤労者はどうなるのでしょうか。

1人で1人の高齢者を支えなければならないそうです。これは大変な重荷です。

30年後の勤労者は30年前の人に比べ、6倍の重荷を課せられるのです。

しかも、若者たちは、物凄い負の遺産を引き継がされるのです。

福田内閣以来、各内閣が借り続けた借金が1000兆円を超えようとしています。

この目の眩むような借金を、これからの世代に引き継ぐことになるのです。

これは、「子孫の虐待」以外の何ものでもありません。

現代の若者は、恒常的な就職難と低賃金にあえぎはじめました。

結婚生活すら容易ではない時代にさしかかっているのです。

これでは、若者たちは 元気を失ってしまいます。

ロゴス教会の牧師、ジョージ・ギッシュさんが、彼の著書「ワンダフル・ディファレンス」の中で、若者の元気のなさを指摘しているところがあります。

「気になることは、若さがあるにもかかわらず元気がない、という点です。

『なぜ、自分が大学へ進学したのか?』 それがわからないんですね。若い世代を観察していると、その国がよく理解できます。なぜ学生たちがこうも元気を失ったのか? 日本という国がはつらつとした感じに思えないのか。まさに精神の混沌状態といっていいでしょう。」

私も、海外旅行をしていて、同じ感想をもったことがあります。

私は、この10年ほどの間に、カナダ、ニュージーランド、フィリッピンで英会話学校に入校した体験があります。そこでは、日本の若者の他に、多くの韓国や中国の若者たちと接しました。

また、アメリカのコロラド州立大学では、日本語のアシスタント・ティーチャーとして、アメリカ、韓国、日本の学生とつき合う機会がありました。

当時、私たち夫婦は60代でしたから、随分珍しがられて大切にもされました。

そこで感じたことなのですが、日本の若者たちは従順ではあるけれども、何となくおとなしくて、覇気とか、元気とか、目的意識とか、そういったものがあまり感じられない。

それに比べて、アメリカ、韓国、中国の学生は実に威勢がいい。

日本の若者たちは、完全に気合い負けしているという印象を持ちました。

日本は経済大国になるのには成功しましたが、青年たちに「希望」とか「目的意識」とか「自信」を育(はぐく)むことに成功したとはいえません。

次に「生命(いのち)」というものを考えたいと思います。

人間でも動物でも、身体を長く使っていれば、すり切れてガタが来るに決まっています。やがて寿命が尽きてしまいます。

だから、真っさらな新しい個体を作って、つまり子どもを作って命を譲り、適当なところで消えていく。これが生物が続いていくやりかたです。

昆虫のカマキリは交尾を終えた雄は、雌に食べられてしまいます。そして、雌も産卵を終えると死んでしまいます。

魚の鮭は、4年間、外海(そとうみ)を回遊したあと、故郷の川に遡ってきます。そこで産卵して、受精が終わりますと、雄も雌も死に絶えるのです。

これが生物学的にいう生命の継承なのです。とこらが、いま日本は長寿社会と呼ばれています。

私なども、今年は「年男」でして、間もなく72歳になりますが、平気で生きています。70歳を「古希」「古来まれなり」と言われたのが嘘のようです。

生物学的に言いますと、人間も次の世代を生み、育て、働く能力があるところまでが本来の生命なのです。ですから、現代の「老後」と言われる部分は、医療や科学技術が作りだした生命だといえましょう。

さて、私たちの世代は、子どもを作って、子どもの暮らしやすい社会を作ったといえるでしょうか? とても胸を張って「そうだ」とはいえません。

先程も述べましたが、巨大な借金を残しました。私たちの老後を支えるお金やエネルギーは、若者に負担させているのが現実です。

いまの長寿社会は、裏を返せば、「若者いじめの社会」にしてしまったのです。これでは、若者はシュンとなって、結婚もできやしません。

こうしてみますと、経済大国を作った私たちの世代は、正しく生命を継承したとはいえないかもしれません。

それだけに、私たち高齢者は、そうした負い目を感じながら生活しなければならない時代に入りました。

同時に、これからは、高齢者も年金の減額、医療費の値上げ、増税といった負担を覚悟しなければならないでしょう。世代間格差の是正です。

皮肉なことですが、現代の高齢者は、命が延びた分、不安が延びたといえないでしょうか。

先程お読みしました詩編の90扁;

「健やかな人が80年を数えても、得るところは労苦と災いにすぎません」という聖書の言葉が実感として迫ってまいります。

 司馬遼太郎の長編小説「坂の上の雲」は

「まことに小さな国が、開花期をむかえようとしている」という書出しで始まります。

司馬さんの表現を拝借するならば、今の日本は

「まことに大きな経済立国が、衰退期をむかえようとしている」と言い換えられるでしょう。

それでも、私たちはなお、豊かだった時代の余熱の中で生活しています。

ただ、余熱は徐々に冷え込んでいきます。

これからの30年、40年、日本人はさまざまな忍耐を余儀なくされることでしょう。これは民族に課せられた「試練」とも言えます。

これから、日本はどうなるのか?停滞した社会になっていくのか、新たな活路を見出していくか、それはわかりません。が、いずれにせよ、社会のあり方が大きく変わっていくことだけは確かです。

この変化の時代に、私たちはどのように対応すればいいのでしょうか。私は、その知恵を聖書の中に見出したいと思っております。

 パウロという人の名前を、われわれはよく知っています。

もとは熱心なユダヤ教徒で、キリスト教徒の迫害を続けておりましたが、シリアのダマスコ近くで突然、光に打たれて倒れる。そこで復活したキリストに接したと信じ、キリスト教に回心するのです。

パウロは、地中海沿岸の3回にわたる宣教旅行を含め、生涯を伝道に捧げました。その間、各地の教会に送った書簡「パウロの手紙」は新約聖書の重要な部分を構成しています。

初代キリスト教会の形成に関わった、最大の伝道者であり、思想家であり、文筆家でありました。キリスト教の教えの基礎を築いた人といえます。

しかし、パウロは、もともとキリスト教徒を弾圧する側にいた人ですから、キリスト教徒の仲間になかなか入れてもらえない。ユダヤ教徒からは、裏切り者として憎まれ、迫害を受けたのです。

パウロは四面楚歌の中で宣教を続けたわけですから、彼の人生は苦しいものだったに違いありません。

その苦労話をパウロ自身が、第二コリントの11章に書き綴っています。

「ユダヤ人から四十に一つ足りない鞭を受けたことが五度。鞭で打たれたことが三度、石を投げつけられたことが一度、難船したことが三度。一昼夜海上にとどまったこともありました。

しばしば旅をし、川の難、盗賊の難、同胞からの難、異邦人からの難、町での難、荒れ野での難、海上での難、偽の兄弟たちからの難にあい、苦労し、骨折って、しばしば眠らずに過ごし、飢え渇き、しばしば食べずにおり、寒さに凍え、裸でいたこともありました。その上に、日々わたしにせまるやっかい事、あらゆる教会についての心配事があります。」

パウロは、このように記しています。

 パウロは大変な苦労人であります。しかも、この世的に言えば、やることなすこと、あまりうまくいかなかったようです。

人を救おうとすると、逆恨みされる。教会への献金を盗んだのではないか、と嫌疑をかけられたりする。世間的にはうまくいかなかったようです。

しかし、パウロ自身の人生は「現世での不成功が、本当は成功であった」という逆説を、証明しているように思えます。

そんなパウロの生き方、心構えをあらわしている箇所が聖書に出てきます。

先程、読んでいただいた「フィリピの信徒への手紙」の4章です。

「わたしは、自分の置かれた境遇に満足することを習い覚えたのです。貧しく暮らすすべも、豊かに暮らすすべも知っています。満腹していても、空腹であっても、物が有り余っていても不足していても、いついかなる場合にも対処する秘訣を授かっています。わたしを強めてくださる方のお陰で、わたしにはすべてが可能です。」

パウロは、このように書いております。

「自分の置かれた境遇に満足する」。

これは、すごく高等な生き方だと思います。

パウロは、豊かな生活を少しも否定していません。裕福ならば、それは結構なことだと考えています。同時に、貧しい生活の中にも幸せはあるのだ、とも考えています。

いけないのは、裕福になると傲慢になり、貧しくなると卑屈になりがちな人間の心なのです。

赤貧のなかでも、物の有り余るなかでも、その境遇によって心を左右されない。パウロは、そのような心構えでいたのではないでしょうか。

「自分の置かれた境遇に満足する」

このパウロの言葉は、単に暮らし向きのことだけを言っているのではないのでしょう。

人生は、山あり谷ありです。時には、崖から落ちることだってあります。

災害に見舞われる、大病を患う、家計が破綻する、肉親を失う。犯罪の被害を受ける。いろいろあります。

不幸は、ガラガラと大きな音をたてて、思わぬ時にやってくるものです。

そんな時に人はどう対処するでしょうか。凡人はパウロのようにはいきません。茫然自失、自分を見失ってしまうに違いありません。

しかし、パウロは言います。「いついかなる場合にも対処する秘訣を授かっています。わたしにはすべてが可能です。」

パウロは逆境にあっても、最後まで情熱を失わない生き方をしました。

そして、日本にもそういう人たちがいます。

去年、東北地方を襲った大地震と津波で、多くの人々が肉親や家や財産を失いました。その人たちが、いま希望を失わずに復興に立ち向かっています。

そうした姿を見るにつけ、「置かれた境遇に満足する」という言葉を深く味わっておきたいと思います。

 仏教では、人間を悩ませる「煩悩」が108つあるとされています。その煩悩を断ちきった境地を「悟り」というのだそうです。その悟りの境地に達するのは、ごくごく少数、一握りの人たちだけです。凡人にはできません。

そこで私は、新約聖書に出てくる「思い悩むな」という言葉を気持ちの支えにしています。

わたくしたち人間の能力には、限界・限度というものがあります。

思い悩んだからと言って、寿命をのばすことはできません。年齢を若返らせることも出来ません。背丈を伸ばすこともできません。

出来ないことは、その他にもたくさんあります。

私は、かつて子どもの問題で長い間悩み続けました。

眠れぬ夜を過ごしたこともたびたびでした。

思い悩めば、悪い想像が膨れあがっていくだけで、良い考えがまとまることは殆どありませんでした。

ついに、もう開き直るしかないと考えるようになりました。

すこし態度が悪いかも知れませんが、「ケセラセラ(Que sera sera)「なるようになるだろう」と突っ放したのです。

真面目に言えば「人事を尽くして天命を待つ」ということになりましょうか。

信仰的に言えば、「力を尽くしたら、あとは神に委ねる」という態度です。

こう思えるようになってから、気持ちが随分楽になったものです。

昨年亡くなられた外間良子姉は、亡くなる前に五首の短歌を残されました。

そのうちの一つに、沖縄のことを詠んだ歌があります。

―沖縄の方言良きに真似てみる『ナンクルナイ』はなんとかなるさ

この意味を、あえて解説すればここうなるのでしょう。

「沖縄の方言に、好きな言葉があるので、口に出してみました。

『ナンクルナイ』というのは『なんとかなるさ』という意味なんです。

人生くよくよしても始まらないものね」。

そういうことを、おっしゃっていたのだと思います。

マタイによる福音書6章を復唱してみます。

「明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である。」

まことに便利で実用的な生きていく上での知恵だと思います。

 私の話もそろそろ終わりに近づいてまいりました。

私たちは、戦後の焼け野原から立ち上がり、世界有数の経済大国になりました。

その後、バブルが崩壊して停滞期を迎え、いま「超高齢社会」に向かおうとしています。

この間、物質的に裕福な社会を築きながら、何か大切なものを見失ったような気がします。

私たちは、社会への不服を訴え、不満を述べる技術は、学校や職場でいやというほど学びました。

しかし、「喜びを見出し、感謝する」術をあまり学ばなかったように思います。

話の締めくくりとして、再び「フィリピの信徒への手紙」4章を読んでみます。

「主において常に喜びなさい。重ねて言います。喜びなさい。主はすぐ近くにおられます。どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。」

「フィリピの信徒への手紙」は、パウロの最後の手紙だといわれています。「獄中書簡」と呼ばれ、牢獄で書かれました。

皇帝はネロはキリスト教徒の弾圧を強め、パウロは死に直面していたのです。

そこには、透徹した死の意識と悟りがあります。そうした状況をふまえて、パウロの「メッセージ」をかみしめたいと思います。                                                   []

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