教会音楽のはなし 4 

 オルガンその2 パイプオルガンと私

(「LOGOS No.16」1990.10)

横山 正子  オルガニスト

 初めてパイプオルガンを聴いたのは中学生のころ。と言ってもラジオで偶然耳にしたのですが、それはアルベルト・シュヴァイツアー博士の弾くバッハでした。吸い込まれるような不思議な音楽にひきつけられて、いつか生で聴いてみたいと思った記憶はありますが、まだ日本にはほとんど据えられていない楽器でもあり、そのときはそのままになりました。子供のときから音楽が好きで、ピアノを習っていましたし、中学では音楽部に籍を置いていました。

 ベートーヴェンが好きでたり、定期入れに彼の肖像をしのばせたりしていました。しかしどちらかというと私は文学少女で、何らかの形で文章を書く人になりたい、などと漠然と夢見て、大学は文学部にすすみました。そして卒業後、勤め先の銀座で、パイプオルガンと再会したのですー今度は生演奏で。

十年の月日の間に、日本にもパイプオルガンがいくつも作られていたのでした。私がその時聴いたのは、ソニービルに飾られてあった竹パイプのオルガンで、音大生らしい人がデモンストレーションの演奏をしていました。毎日仕事の帰りに聴きに行っているうちに、どうしても自分で弾いてみたくなり、当時、本郷中央教会にあった教室に通い始めました。

 数ヵ月後、三鷹の国際基督教大学チャペルのオルガンに触れる機会が訪れました。国際基督教大学のキャンパスの広大さは有名ですが、その豊かな緑とのびやかな雰囲気にまず魅せられた私でした。そして、美しいチャペル。壁いっぱいにそびえ立つパイプオルガン。鍵盤を恐る恐る押した時、ずっしりと指に感じる手応えと、天井の高いチャペルの空気を震わせて鳴り響くその音色に、あるショックのようなものをうけました。この世にこんな楽器があったのかという・・・。

 以後18年、オルガンにとりつかれて過ごし、今なお私にとってその魅力は深まるばかりです。
 パイプオルガンという楽器は一台一台異なる顔をもっています。規模も、大きいものから小さいものまで、実にさまざまですが、私が現在オルガニストをしております青山学院大学厚木キャンパスのデンマーク製のオルガンを例にとると、3段の手鍵盤と2オクターブ半の足鍵盤を持ち、2817本のパイプをそなえています。

 こう申しておわかりのように、大きな楽器です。図体ばかりでなく音量も・・・およそ一人の人間がこれだけ大きな音を出せる楽器は、パイプオルガンをおいてほかにありません。最も、小さい小さい音も出せます。梢のそよぎのような、しとしと降る雨のような、そして人の心の言葉にできなに深い祈りのような・・・。

 オルガンの作り出す世界は独特のものであるようです。楽器の性質上、音色も表現も日常的とはいえず、生な感情表現も苦手です。そのためか、どうしても「気軽に楽しんでいただく」ということが難しいようです。なんとか多くの方に親しんでいただこうと、いろいろな試みがなされていますが・・・。

 壮麗な響きの中で、心をとき放って身を休めるひとときを是非、味わっていただきたいと願っています。

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