出会った人、出会った言葉

ローマの信徒への手紙5:35 賛美歌:9.504.267.540

07.9.30

原 寿枝 (オルガニスト)

今日は「子供礼拝」「奏楽」「証言」と一人三役をやらせていただくということで、いつもあまりお役にたてないので、今日一日で一気に点数を稼いでおかなくては!!と、張り切ってみたものの、立派なお話を上手にできるという器ではないので45年生きてきた中で、縁あって出会った方々、また心に残っている言葉をいくつか紹介させていただきながら、神様が私にどんなメッセージを下さっているのかを私なりに考えてみたいと思います。

前回もお話しましたが、私は幼稚園から教会学校に通い、気楽な第二の子供会という気持ちで小中高と楽しみながら聖書について学び、自然に子供の礼拝でも奏楽させて頂くようになりました。そしてそのうち大人の礼拝でも弾いてみないか?という話になりまして、その時はさすがに不安でオルガンの上手だった牧師夫人に思いきって本音で相談したことがあります。「耳のいい人がたくさん礼拝に出ておられて一つでも弾き間違えたら、みなさんが気になって歌いにくかったり、礼拝のムードをこわすのじゃないかと思ってドキドキします。」と言いました。

そうしましたら牧師夫人は「人に対して弾こうとすると実は私もドキドキするのよ。でも神様に向かってお捧げする・・・という気持ちで弾くと自然と心が落ち着くわよ。神様は何でも受け入れて下さるから。」とおだやかに言って下さり、今でもこの言葉は奏楽する時に心の中にいつもあって力を与えてくれます。この牧師夫人は一見、まじめでおだやかですがとてもお茶目なところもあって次のようなアドバイスもして下さいました。「礼拝のプログラムで、長いお祈りの後に奏楽が入る時は、必死でお祈りに没頭してしまうと、パッと目を開けた時まっ白になって弾き間違えちゃうことがあるから、アーメンが近いと思ったらうす目を開けて次に弾く曲を早めに確かめておくといいのよ。」とペロッと舌を出しておっしゃったのです。

 私にとっては優等生的なアドバイスよりずっとためにもなったし、心を安らかにしてくれるものでした。この言葉は奏楽に対してだけでなく、教会生活全体においても周りの多くの大人たちが「クリスチャンとはこうあるべきだ」というような発言をする中、「そんなに肩肘張らなくてもいいんだよ!」と言ってくれているようで、何かと反発したかった思春期の私の心を柔らかくしてくれました。

 さて、私は聖書の勉強はまじめにしなかったような気がしますが、ただまじめに教会に通っていたお陰で高2のときには「西日本高校生キャンプ」というものに参加させていただくことができました。
 
毎年、教会が費用を負担して12名の高校生を送り出していました。そこで知り合った様々な友人たちとは色々なことを深く話し合える大切な仲間となりました。中でも特に気の合った仲間とVine(ぶどうの木)というボランティアグループを作り、授産施設でワークキャンプ等の活動を行っていました。1年目は初めて障害者の方々と近しく接するということで、とまどいがありました。

食事の時などはおはしを使って食べることができるのは自分だけで、周りの利用者さんたちはそれぞれの障害に応じて特殊なスプーンだったり、手つかみだったり、そんな中で私はひと口もノドを通らない状況でした。逆にとなりに座った方から「しっかり食べないと暑くてバテちゃうよ。」と励まされたりして、私はいったい何をしに来ているのかと情けなくなったのを今でもよく覚えています。2回目からはさすがに慣れて自分がどう動けばいいのか、どう声がけすればいいのか、わかってきましたが、ある年、初めて参加したはずのある男性が重度の障害者に対しても冗談を言って笑い合ったり、食事の介助の時には顔をくっつけんばかりに近づいて何の屈託も無く、何の気負いも無く自然体でいるのを見て「この人は一体何者?」と大きな衝撃を受けました。

実はこの男性が今の主人なのですが、ずいぶん後からどうしてあんなに自然体に振舞うことができたのかと聞いてみたところ「きっと何も考えてなかったからじゃないかナ?」とさらりと言われ、私などは頭の中で余計なことまでグルグルと考えすぎてしまって、つい行動が遅くなるので、その言葉はかなり印象的で私の心に残りました。

この「Vine」というグループのリーダー(元暴走族のかしら?家出少女を助けて家に送るという・・・)が教えてくれたことは、人間は皆、同じキャパシティ(容量、能力)を持っていて「知恵」「心(信仰)」「体(環境)」「行動」、この4つの要素のどれかが多かったり、どれかが少し欠けてたりして、でも総合すると皆、同じだけのものを持っているというのです。

寝たきりの人も自由に動き回れる人も、何かが欠けていてもそれを補う何かが必ずあると教えてくれました。

この言葉をきっかけに私も肩の力が抜けて障害者の方々とも自然に接することができるようになりました。

さて時は過ぎ、先ほどお話した主人と結婚することになりました。結婚式の前に仲人さんから言われたことがあります。「結婚生活をうまくやっていくためには次の2つのことを守れば大丈夫。ひとつは相手の家族の悪口を言わないこと。もうひとつは宵越しのケンカはしないこと。」というものでした。   
もうすぐ結婚して20年目に入りますが、今でもこの戒めを何とか守れていると思います。相手の家族の悪口を言わないというのは、お蔭様で私は主人の家族が皆、好きなのでラクラククリアーしていますが、宵越しのケンカをしないというのは、年数を重ねるにつれて並々ならぬ努力が必要です。こう見えても(皆さんから私がどう見えるかよくわかりませんが)20才すぎくらいまでは何でも白黒をはっきりつけないと気が済まないたちで例えば理不尽なことで母に叱られたりすると、とことん理詰めで母に挑んでいったものでした。

そんな時、父が私だけを呼んでこう言いました。(この科白は大阪弁で言わせてもらいますが)「納得いかんことがあってもな 家族は白黒つけんでもええんや。グレーのままで許し合えるのが家族のええとこや」と。ずっと法律の仕事をしていて遺産相続などで骨肉の争いというのでしょうか、仲の良かった家族が崩壊していくのを多く見てきた父にとっては、切実な思いだったのでしょう。ことある毎にこのように父に諭されていく中で私も訓練され、自分が間違っていないと思っても自分から折れるということができるようになっていきました。

このお陰で宵越しのケンカをせず、相手が主人でも子供でも朝は「おはよう!」とあいさつできるようにしてきたことは、ささやかながら誇りです。もちろんストレスをためないように何に怒っていたかこれからどうすればいいか・・・について話し合うことは忘れないようにしています。

さて私は毎日、小学生、中学生、高校生、大人の方々と色々な年代の生徒さんにピアノや歌を教えていますが、それぞれの年代でいわゆる“いじめ”のような話をよく聞きます。人間の心の闇の部分に対する恐さについてよく話し合い、時には生徒自身が当事者だったりするので、どう答えるべきか迷うこともあります。そして他人事と言ってられないようなことも起こりました。うちの息子が中2の時、部活内で、はぶかれている子がいるというのです。よくよく話を聞いてみると上手な子が2人いてそのうち1人が、自分がナンバー1になりたいと思いからもう一人の上手な子(この子は息子が小学生の時からのチームメイトでいい友達なのですが)を「シカト(無視)して、あいつとキャッチボールをやるな!」と他の部員に強要したのです。命令した子は実は弱虫で常に自分の周りに友だちがたくさんいないと不安なタイプで誰かをはぶくという共通のつながりによって残りの部員全員を味方にしようとしていたのです。逆らうと自分が次の標的になる恐れがあるので皆、何となく従っているというのです。   でも息子は「オレは絶対はぶかないよ。友達だから。」と言って誰も近づかないその友達といつもキャッチボールをしていたのです。

 親としては複雑です。正義感はほめてやりたいけれど、いつ何時、標的が息子になるか、機が気ではありません。その子へのシカトは結局、半年ほど続きました。でもその間、息子は変わらず接していたようでした。しかしこのような状況のピリオドは思いもよらぬ形でやってきました。息子が信じていたはずのその友達が、ある日を境に息子と急にキャッチボールをしなくなり、気がつけば息子が逆の立場に立たされていたのです。その友達は長い間の苦しみから解放される代償に友情を投げ打ってしまいました。息子にとってはたぶん人生初の大きな試練でした。「恩を仇で返すって、お母さん こういうことだね。」と悲しそうに言う息子に「でも間違ったことしてないんだから堂々としてなさい。」と言うのが精一杯でした。

幸い部活の一部の子たちやクラスの友人や趣味の仲間たちが、みんないい関係を保ってくれたお陰で何とか乗り切ることができました。でもこのことは息子にとってつらかったけれど友人のありがたみを痛感し、親子でも話し合う時間を多く持てたことなど、今思えば良い経験でした。結局、いつの間にかまた、仲良しに戻っていた息子とその友達を見て、昔の白黒はっきりつけたかった時代の私がムクムクとよみがえり「え_?もう許しちゃうの?」という思いもありましたが、家族でなくても“グレー”で良いということもきっとあるのだと言い聞かせ、暖かく見守ることにしました。

今日の聖書ローマ信徒への手紙5:3〜5「苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生む。希望はわたしたちを欺くことがありません。」なんてプラス思考なんでしょう!と思います。

確か昔、受験生の時にこの言葉をいつも思っていて、やはり受験生だった姉と励まし合ったことを思い出します。そしてさらにヘブライ人への手紙12:5〜6(417P)「わが子よ、主の鍛錬を軽んじてはいけない。主からこらしめられても、力を落としてはいけない。なぜなら、主は愛する者をきたえ 子として受け入れる者を皆、ムチ打たれるからである。」

出エジプト記の6:1〜3(101102)でモーセはエジプト人の奴隷となって重労働を強いられたイスラエルの民から不満をつのらされた時に何度も神に向かって(6:12〜6:30)自分は無力で自分などには民をまとめる力など無いから・・・と断り続けますが神も何度も何度もモーセに試練を与え続けます。何度断っても神はあきらめない。神の忍耐とでも言いましょうか?神を信頼しているのだけれども確信が持てないというモーセの姿は、私たち人間の信仰の代表と言えるでしょう。神に助けてもらいたい時に神は沈黙し、神に放っておいてもらいたい時に神は命じられます。けれど試練というのは当座厳しくとも後々それはとても大切なことであったと気付かされることも多くあります。

 つらいことがあった時「私には、ムリです。」と言いたいのをこらえて「できるかどうかわかりませんが、とにかくやってみます。力をお与えください。」というように祈りたいと思います。弱いところがあれば、どこか強いところがそこをカバーしてくれるはずです。そして弱いところにこそ、神さまの恵みが注がれるのだと思います。そして恵みが大きければその後ろにある課題も大きいはずです。ころんでしまった幼い子をすぐに起こさずに少し遠くで励ます母親のように神様が試練を与えつつも、必ず見守っていてくださることを感謝しつつ、私の証言を終りたいと思います。

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