「癒される」

07.9.23

ヨハネによる福音書 5章1から8節

飯島隆輔伝道師(早稲田教会)

 エルサレムの街は聖書の時代から今日まで、建設と破壊が繰り返された街です。ダビデ王によって建設されたこの町は破壊と建設が5回も6回も繰り返されたとも言われています。街が破壊されるとその上に新しい街が建設されるというように、石で作られた街が何層にもなっているわけです。その城壁に囲まれたエルサレムの旧市街に入る門の一つであるステパノの門を入りますとすぐ右手に聖アンナ教会があります。聖アンナ教会は1100年頃に十字軍によって建てられました。最近の考古学者の発掘ににより、この教会の西側の構内から、聖書の時代の壁で囲まれた池とそこに降りて行く階段が発見されました。これがベテサダの池であります。

ベトサダの池は南北40メートル、東西52メートルの池と南北47メートル東西64メートルの二つの池から出来ています。縦横約50メートルの水泳のプールが二つ並んでいると考えるとイメージ出来ると思います。イエス降誕の時代にヘロデ大王が作ったもので美しい柱の廊下でかこまれていたそうで、現在は一部が発掘されています。この池は巡礼者の沐浴の場所であったと言われており、一つは男子用、他の一つは女子用でした。二世紀に入りますとここは病気を癒す治癒の神が祭られる場所であり、そしてこの池はローマ時代には病気を治癒する、病気を癒す「憐れみの池」ベトサダと呼ばれていました。

池の周りには、様々な病気を持った人たちや、身体的な障害を持った大勢の人たちが集まっていて、治りたい一心で池の周りで水の動くのを待っていたのであります。水が動く時に真っ先に入る者は癒されるという言い伝えがあったからです。

発掘調査によると、この池には水を引き込む暗渠のような水路が作られていて、一定の時間が来るとこの水路をを通って川から水が入って来る仕掛けになっていました。

 ローマ帝国は土木や建築の技術が優れていて、当時に作られた建築物は円形劇場や浴場など今でも2000年後の今日でも残っていて、ローマ観光の名所になっている訳です。

この水路を通して池に水が入って来る時に、池の水が動くので、その時に池に入ると病気が治るという伝説が生まれた訳です。この池の回廊に38年間も病気で苦しんでいる人がいました。38年間というのは本当に長い時間でです。今の時代で言えば大学を出て60歳まで仕事をすると丁度38年間になります。この人は人生の大切な大部分の期間を病気で過ごしました。そして治りたい一心で池の周りで水の動くのをただじっと待っていました。しかし、病気が重いためにいざという時に池に入ることができません。そこの場所に長い間横たわっていました。病気で治らないことは辛いことです。しかし、池の水が動くのを待っているこの人にとって最も辛いこと、そして不幸なことは病気そのものではなく、一番辛かったことは、自分のことを心配してくれる、心を配ってくれる人が誰もいなかったと言うことではないでしょうか。

ベトサダの池のほとりで病気が治りたい一心で何十年も横たわって水の動くのを待っているこの男に対しまして、この人の状況をよく知っていたイエスが「良くなりたいか」と言った時、この人は素直に「はい治りたいです」とは言わないで「主よ、水が動くとき、わたしを池の中に入れてくれる人がいないのです。わたしが池に行くうちに、ほかの人が先に降りて行くのです」。と言って周囲にいる人たちに対する不平不満、批判の言葉を述べているのです。池に入るためには階段を下りて行くわけですが、重い病気の人は最初にそ池に降りていくことができない訳です。池の周りには大勢の病人や障害者がおりまして、彼らは自分のことだけを考えて、隣人のために心を配る、心配する余裕はないのです。ましてや手を貸してくれる人など無いのです。みんなわれ先に行ってしまいます。みんながみんな自分が治りたい、それだけなのです。

このような現実は、2000年前のベトサダの池のほとりの病人のことだけではないのです。現代の社会こそ障害者や障害者、経済的に困窮している人たちに対する思いやり、私たちの身の回りにいる隣人に対する気配りに欠けていると言っても言い過ぎではありません。

 日本は経済大国で大変豊かだと言われておりますが、ワーキングプア、下層社会、格差社会、路上生活者、自殺大国等という言葉が定着して、何の抵抗もなく普通に使われるほど状況は悪いわけです。弱者の救済や支援は税金を遣って行う国や自治体の役割、責任でありますが、格差社会が進んで、下層社会層が増えて、生活保護を受けねばならないほど逼迫した人が沢山入るにもかかわらず、財政削減という大義名分で生活保護を打ち切ったり、申請を受けつかなかったりするする自治体が増えております。8月22日の朝日朝刊の14面に生活保護について北九州市立大学の先生が「過酷な北九州方式の見直しを」と題して投稿しております。生活保護を打ち切られて餓死したり、自殺したりする生活困窮者が増えていると言うこの新聞記事を読んで愕然としました。 北九州市では生活保護にからむ餓死、自殺事件は珍しくないとのことです。そして次のように述べております。 「2006年5月には身体に障害を持つ56歳の男性が失業し、門司福祉事務所に生活保護の申請を行ったが申請拒否され餓死した。2005年1月には 要介護の67歳の男性が八幡福祉事務所に生活保護申請したが、生活保護に至らず亡くなった。50代の女性が生活保護を受けられず首つり自殺する事件も発覚した。」

自殺者が毎年3万人を越えて、8年も続いており、政府は自殺予防のための法律や自殺予防センターをつくって、何十億円ものお金を自殺予防につぎ込んでいますが、政府の自殺予防と北九州市のような自治体の生活保護打ち切りや拒否による自殺はどのような整合性があるのでしょうか。生活保護を受けていれば、打ち切られなければ、自殺しなしで済んだ人たちが確実にいるわけです。生活困窮者を救済しない「ヤミの北九州方式」は放っておけば「国のモデル」として全国の自治体に広まってしまうとこの研究者は懸念しています。

生活保護を打ち切られた人、申請を拒否された人たちには、彼らのことを心配したくれる人はいなかった、心を配ってくれる人はいなかったと言うことです。市役所の担当者は財政削減という上からの指示によって、如何にして生活保護の受給者を減らすか、受給希望者をどうしたら断れるかだけに気を配っているわけで、 本来の生活保護制度の意味を完全に失わせているのです。 そして、私たちの社会は、家族も地域社会は崩壊し、心を配ってくれる家族、隣人がいない人が多い訳です。誰もがが自分のこと、自分の幸せのみを考えている訳です。ベテスダの池の周りに水の動くのを待っていて、水が動いたらわれ先に飛び込む人たちと同じなわけです。

 マザーテレサが亡くなって今年で10年になりますが、マザーテレサは「一人の人にとって最大の不幸は、自分のために心を砕いて、自分のことを心から思ってくれる人を、一人も得ていないことです」「自分に出来ることは、死んでいく人のために心を配ることです。それしかわたしにはできません。せめてひとりの人が死ぬときだけは、そうしてあげたい」といって「死を待つ人の家」を作り路上で倒れている人たちを運んできては清潔なベッドに寝かせて、その人の尊厳が損なわれることの無いように看取って来ました。

さて、ベテサダの池のそばで水の動くのを待っているこの病人は、周囲の人を批判したり、恨んだりする資格があるでしょうか。自分が比較的軽い症状であったなら、おそらく自分より重い病気の人を押しのけて、われ先に池に入ろうとしたに違いありません。彼は重症であったが故に人より早く動けなくて、そのことを自分に心をかけてくれる人がいないと不平不満を言っているのではないでしょうか。彼はイエスに対して 「主よ、水が動くとき、わたしを池の中に入れてくれる人がいないのです。わたしが行くうちに、ほかの人が先に降りて行くのです」と言って周囲の人たちの無関心さ、配慮のなさを訴えているのです。しかし彼が比較的元気だったら加害者になっているのではないでしょうか。たまたま重いから動けなかっただけではないかと考える必要があります。これは私たちも同じでありまして、加害者の一人でもあるにも拘わらず、いつでも被害者の立場に身を置いて、そこから、社会が悪いとか、政治や経済のしくみが悪いとか、友だちや先生、両親が悪いと不満を言い、批判非難をしているのではないでしょうか。被害者の立場に立っていた方が楽だからです。

被害者だと常に思いこんで、その立場から行動してきた者が自分たちも加害者の一員にほかならないと気づいたとき、自分は罪人だと気づくのではないでしょうか。

ベテサダの池のそばで水の動くのを待っているこの病人は自分に誰も心配りをしてくれない、関心をもってくれない、人間としての優しさが失われてしまっている現実の中で、イエスの呼びかけの言葉を聞いたのです。他の人に対してではなく、真正面から自分に対して向けられた力に満ちたイエスの呼びかけ、優しさの満ちたイエスの言葉を初めて聞いたのです。そのようなことが自分の身に起こったことがこの人にとっては奇跡だったのです。イエスの言葉に触れて初めてこの病人は、そのような言葉を受けることが出来る自分、応答する責任のある存在としての自分を発見するのです。この38年間病気を患っていた人は、自分を被害者だと思って、責任の全てを周りの人に転嫁してきたのですが、自分に向けられたイエスの全存在をかけた力ある言葉に触れて、それに応えることのできる自分を見いだしたのであります。神から責任ある存在としてこの世に生を受けているのだと言うことを、38年間水の動くのを待っていた人はイエスキリストとの出会いにおいて知ったのであります。このことが自分の上に奇跡が起こっていると認識した内容なのです。

朝日新聞で9月からアジアズームインという特集記事があり、「マザーテレサの子どもたち」という記事が連載されていました。コルカタ(カルカッタ)のマザーテレサが開いた「死を待つ人の家」があり、最近、そこに日本から沢山の若者が行ってボランティアをしているそうです。その数は昨年9月からの1年間で1300人で、欧米や韓国のキリスト教国を抜いてダントツだそうです。

マザーテレサは二度日本に来まして、日本の新聞記者や報道関係者の質問に答えて次のように言っています。

「今日、日本や他の裕福な国々では、とても醜い飢えがあるかも知れません。誰からも必要とされないという醜い恐れ、誰からも愛されていないという醜い貧しさ、誰からも必要とされていないこの貧しさこそ、ひと切れのパンよりも、飢えよりも、もっと醜い貧しさだとわたしは思います」。といます。

更にマザーテレサはこのように言っています。
「人々はあまりにも物質的なことで一杯で、精神的なことを考えられなくなっているからです。沈黙した心に、神は語りかけられます。ですから先ず、祈ることです。というのは、祈りのないところには、愛はなく、愛のないところには、互いの信頼や対話や助け合いはありません。」

ベトサダの池での38年間、ひたすら病気が癒やされることを待っていた病人はいつも被害者意識でしかものを考えてこなかったのですが,イエスと出会った時に、かけがえのない尊さをイエスから与えられて、自分はかけがえのない者としてこの世に生を受けていることを認識したのです。自分が他に代わることの出来ない、かけがえのない人格であると認識し得ない人は、隣の人の人格も尊厳も認識できません。自分が愛された経験のない人は、自分と関わる他の人を愛することは出来ません。自分が一人の独立した人格として受け入れられた経験を持たない人は、隣人を独立した人格として受容すること、受け入れることはできない訳です。

自分が加害者であるにも拘わらず、被害者であると錯覚して、被害者の視点から物事を観察し考えて、他の人を批判するような者のために、神はイエスという人をこの世に遣わされました。このことをイエスと出会って、病気を癒された人の物語を通して聖書は私たちに告げているのではないでしょうか。

私たちは聖書を通して、イエスの生涯と彼の十字架の死の中でイエスと出会った時に始めて神の愛の対象とされいる自分、しかも、神からかけがえのない生命と尊厳が与えられている自分を発見するのです。イエスとの出会いを通して、神の大きな愛と真実が示されていることを理解した時、すなわちイエスをキリスト救い主と告白するとき初めて、自分の身の上に、大きな変化、価値観の転換が起こっているとを知るのではないでしょうか。 

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