羊と狼

山本三和人

 キリストは弟子たちを派遣する時「わたしがあなたがたをつかわすのは、羊を狼の中に送るようなものである」(マタイ10:16)と言われました。この羊と狼という言葉は善と悪のシンボルとしてではなく、また正義と不義の表徴としてではなく、むしろ力と非力の徴として用いられていると思います。ローマ帝国の巨大な軍力・経済力に対して、ギリシャ世界の深い膨大なる哲学体系に対して、キリストの弟子たちはまことに微小なものでありました。すべて戦いにおいて最も必要なことは、我岸の戦力を分析し彼岸の力の関係を正しく評価するということです。いくら自分の主張に自信をもっていても、一の力で百の力に抗することはできません。決定的な戦いを挑むには、まず味方の戦力の充実を計らねばなりません。キリストが「羊を狼の中に入るるが如し」と言われたあとで、「この故に汝らへびの如くさとく 鳩のように素直なれ」と申されたのはこのためでした。へびはその腹を地面につけ地熱の変化を敏感に感得し、天地異変の難を免れます。キリスト者はへびのように鋭敏なる感覚をもって時代と世界の動向を感知し、すなわち彼我の力の関係を見きわめ、鳩のように素直に自分のペース、戦力の増大につとめねばなりません。力の原理に基づいて動いている世界に向かって福音の宣教に携わるということは、狼の群れの中に羊を放つに似たことでした。「この故に汝ら目をさましおれ」。

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