神の霊

山本三和人

 「あなたがたは、こうして神の霊を知るのである。すなわち、イエス・キリストが肉体をとってこられたことを告白する霊は、すべて神からでているものであり、イエスを告白しない霊は、すべて神から出ているものではない。これは、、反キリストの霊である。あなたがたは、それが来るとかねてから聞いていたが、今やすでに世に来ている」(ヨハネ1.4:2-3).この言葉は、イエス・キリストの史実を告白する霊は神の霊であり、イエスの史実を不定する霊は、反キリストの霊であり、迷いの霊である、と言うのです。これこそイエス・キリストに接し、イエスと交わった人々の告白です。パウロがアテネ伝道でエピクロス派やストア派の哲学者たちと議論を交わしていたとき、「このおしゃべりは、何をいいたいのだろうか」とか、「彼は外国の神々の宣伝をするらしい」とか非難されました。(使徒17:16)。それは、彼が「イエスと復活」とを宣べ伝えべてていたからでした。パウロはイエスの霊の復活を述べていたとしたら、このように非難されることはなかったでしょう。体の復活を宣いたからこのように激しい非難を浴びたのです。パウロにとっては、イエスの誕生も、十字架も、復活もまごうかたなき歴史の出来事でありました。イエスの史実を否定し、イエスの人間性を否定する霊は、神の霊ではなく、反キリストの霊であり、迷いの霊に外なりません。

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