なべてのなやみをたきともしつ

(「LOGOS No.02」1989.5)

栗原 敦(実践女子大学教授)

つめくさ()ともす 夜のひろば
むかしのラルゴを   うたひかはし

 宮沢賢治の童話「ポラーノの広場」の末尾、東京のレオーノキューストのもとへ届いた歌、一番の出だしの部分です。その譜には「ファゼーロが野原で口笛を吹いてゐた」調子がいっぱいに入っていたので、ファゼーロが作ったのだとキューストは思います。ここには、ファゼーロのような農村の少年が、野原の風や光、石や草の自然の生命から音を汲み取り、音楽を作り出して欲しい、と願う作者の祈りが込められているに違いありません。

 何しろ 、「虹や月あかり」からお話をもらい(『注文の多い料理店』序)、「風がうたひ雲が応じ波が鳴らすそのうたをたゞちにうたふ」(「竜と詩人」)とも書いた賢治なのですから。

 ところで、実際に賢治自身が孔版で作成したこの歌の譜面には、どんな曲が用いられていたのかご存知でしょうか。

 実は、旧讃美歌第448「いづれのときかは」だったのです。苦難に満ちたこの世の生を音楽によって明るくし、リフレッシュしようと願った彼が、讃美歌のメロディを借りた事実は興味深いことです。熱心な仏教徒である宮沢賢治とキリスト教との間には、思いの外深い関わりがあったのでした。

 いずれにせよ、若々しい希望を託して、歌の二番の最後はこう結ばれていました。

           なべてのなやみを たきゞともしつゝ、
            はえある世界を   ともにつくらん


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