ならぬ筈がなっていた

山本 勝
(川崎市)

 私が初めて酒を飲んだのは18歳の時でした。高校卒業まで酒もタバコもやらないまじめな私が、こんなアルコール依存症になるとは当時、全く思ってもいませんでした。

 初めて飲んだのはビールで、その時はただ「ニガイ味だな」と思っただけでした。私は高校卒業後、直ぐ陸上自衛隊に入隊し、酒を覚えたのも自衛隊の中ででした。

 忘年会やその他の行事で付き合い程度の酒でしたが、だんだん味を覚え、19の時はビールの一本、二本軽く飲めるようになっていました。しかし、存隊中の飲酒欲求はそれほどではありませんでした。

 本格的になったのは自衛隊を辞め、今の会社に勤めるようになった頃からです。当時の勤務先が渋谷だったためでしょうか、夜ともなるとネオンの海になります。最初はビールだった筈が日本酒、ウィスキーとレパートリーは拡がってゆきます。量も増えていき、私の体内のどこかに常にアルコールがあったような気がします。それでも私は20代です。自分はまだ若い。若いから酒をやめなくても良い。「アル中なんて年寄りがなる病気だ」と考えて飲み続けていました。

 私が29歳の時、家族や周りの人達が異常飲酒と思っていたようです。が自分では全く気がつきません。自分で変だなと思ったのは、朝から酒が欲しくなったことです。出勤前にワンカップを欲しくなり、つい飲んでしますのです。会社では「朝から酒くさい」と言われます。

 30歳になった春、私は工場長に呼ばれ、「お前は最近少し変だ、会社は当分、休んでいいから病院へ行って酒癖を直してこい」と言われました。

 まさかとは思いつつも、親に付き添われてある精神科の病院と保健所を訪ねました。両方とも私を「アルコール依存症」と判定しました。私は週に一度、病院へ通うことになり、そこで初めて「断酒会」の存在を知りました。ケースワーカーさんから「君も断酒会の例会に出席しまさい」と言われ、いやいや出席しましたから、最初の例会の感想は「オレと皆とは違う、大丈夫だ、まだ飲める」と思ったくらいでした。

 それでも断酒会に人達は親切でした。特に今は亡き藤谷隆一氏には、家も近くということもあって何かとお世話になりました。私が、入会後、初めての行事である海水浴へは嵐の中を車で送り迎えして頂きました。私は少しづつ断酒会に興味を持ち、少しづつ例会に出席するようになりました。が十日に一日位のペースで酒も飲んでいました。完全断酒にはなかなかふみきれませんでした。

 しかし、入会一年後に完全断酒ができました。私のモットーはたとえ十分でも例会には必ず出席するようにしていることです。それが完全断酒が続いたのです。以後、8年間断酒できたのも、会員の皆様のお陰と深く感謝しております。私はこれからも断酒していきます。
未熟者ですが微力を尽くします。よろしく。

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