敵を愛しなさい

07.02.04

       

 飯島 隆輔伝道師(早稲田教会) 

                       

テキスト マタイによる福音書5章43−48節

「あなたの敵を愛しなさい」というマタイ福音書の言葉はキリスト教が愛の宗教であるという事を強く印象づけ、アピールする言葉である。ユダヤ人にとって隣人とはユダヤ人のことであり、「隣人を愛し、敵を憎め」というのがユダヤ教の教えであった。弱小国であるイスラエルは他国から侵略され続けており、ユダヤ人にとって愛すべき隣人とはユダヤ人自身であり、他国人は敵であると言う考えは当然の考え方ではなかったか。しかしイエスは「隣人を愛し、敵を憎め」というユダヤ教の教えに対して真っ向から対立した。

イエスは「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈れ」(44節)と教え、それまでは自分を迫害し、生命を奪おうとする敵を憎めというユダヤ教の教えに対して、敵を愛し、自分を迫害する者のために祈れと命じられた。私たちがこのイエスの命令を守る事は困難である。イエスはユダヤ教の民族主義と律法主義を徹底的に批判し、ユダヤの律法学者や祭司などの支配層の生活基盤をおびやかしたということで彼らから敵視され、訴えられ捕らえられ十字架の上で殺されたが、イエスは十字架につけられた時「父よ、彼らをお許し下さい。自分が何をしているのか知らないのです。」(ルカ23:36)と言って彼らを赦した。イエスご自身は十字架上で自分を殺そうとしている人々に対して「赦す」という行為によって「敵を愛する」という事を実践された。

今日私たちの社会で「敵」というものを実感するような機会が余り無い。様々な犯罪人、悪人は沢山おり、確かに彼らは「社会の敵、人類の敵」と言うことになるが、日本人にとって「敵」というのは実感の無い、観念の中のことではなかろうか。

しかし、イラクではイラク戦争以来、テロ、内乱が続いており、誰が自分をねらっている敵なのかも判らずにいる。彼らにとって敵とは自分たちの家族や友人、仲間を殺害した者たち、平和を奪い、生命を脅かす者、それが彼らの敵なのである。中東地域は国同士で敵、味方がはっきりしており、韓国と北朝鮮は朝鮮戦争以来、敵味方の戦争状態が続いている。

第1に赦す能力を養うこと。赦す力のない者は愛する力にも欠ける。新しい出発には赦しが必要であり、赦しとは和解であり、ふたたび共にあることを意味する。赦しがなくては敵を愛することはできない。

第2に、敵である隣人の悪事や敵対行為がその人の全てではない。罪を憎んで人を憎まずという言葉があるが、我々は敵である隣人の中に多少なりとも善を見ることがでる。

第3に我々は、その敵を打ち負かそうとしたり、彼に屈辱を与えようとしないで、彼の友情や理解を得る

ように努めねばならない。一つ一つの言葉と行為は敵との和解に役立てなければならない。

愛するためにはアガペーの愛が必要である。ギリシャ語には三つの愛があり、エロス(美的な、ロマンチックな愛)、フィリア(相愛、友情)アガペーの愛は万人に対する理解であり、創造的、贖罪的な善意である。報いに何ものも求めない、あふれるばかりの愛であるアガペーは人間のこころの中に働いている神の愛である。この段階で我々は、我々は彼がする行為を憎むけれども、悪事をするその人を愛するのである。イエスが「汝の敵を愛せよ」と命令した時、それは敵を好きになれといっているのではない。イエスはエロスについてでもフィリアについてでも語っているのではなく、彼は、万人に対する理解ないし創造的、贖罪的善意であるアガペーについて語っている。アガペーの愛をもって応えることによってのみ、我々は天にいますわれらの父の子となることができるのであります。

U何故我々は自分の敵を愛すべきなのか。キング牧師は三つの理由を挙げている。

1.憎しみは憎しみ増し、戦争は更に大きい戦争を生む。憎しみ、戦争という悪の連鎖反応は断ち切らなければならない。我々は、自分の敵を愛さなければならないほど現代の世界の行き詰まりに直面しているのではないだろうか。愛だけがそれを解決できるのではないだろうか。

2.憎しみが魂に傷跡を残し、人格をゆがめる。憎しみは憎むその人の人格を腐らせ、人間の価値の感覚や人間の客観性を破壊する。憎しみは人格を切り裂き、愛は驚くべき、容赦ない仕方で人格を結合する。3番目に愛は敵を友に変えることのできる唯一の力である。

第4番目の、本当の理由は「あなた方の父の子となるため(45節)あなたの敵を愛しなさい」ということである。私たちは自分の敵を愛さねばならない。なぜなら、彼らを愛することによってのみ、我々は神を知り、神の聖性の美を経験することができるからである。マルティン・ルーサー・キングは敵を愛する愛を語ったばかりでなく、自らの生命をかけて実践した。そして彼の演説、説教は多くの人を勇気付け、奮い立たせ、励まし、慰め、非暴力の闘いへ奮い立たせ、彼はベトナム戦争に抗議し、若者の良心的兵役拒否を奨励し、デモ行進を組織してその先頭に立って戦ったのです。そして遂に世論を動かして黒人に対する人種差別を撤廃させ、世論を導きベトナム戦争を終わらせることに成功した。キング牧師は黒人差別に対するモンゴメリーのバスボイコット運動の集会の演説説教でこのように言っている。

「私達がこの運動を実践する際にはどんな場合でも、キリスト者らしくあろうではないか。今夜、私が皆さんに申し上げたいことは、愛は論じるだけでは駄目だということである。愛はキリスト教信仰の要の一つである。だがそこには正義というもう一つの側面がある。そして、その正義とは現実的利害関係において実現される愛のことだ。正義とは愛に対立するものを正す愛のことだ」と。私達の社会は、悪や不正が満ちているが表面に現れにくく、組織やシステムの中に潜り込んでいる。その結果、私達の日本社会は様々な不正や悪、問題がある。また私達の政府は教育基本法を改正し、憲法を改正しようとしているが、戦争を放棄した日本の憲法は世界にただ一つの世界に誇る憲法であり、武器を持って闘うことを禁じた私達の憲法は平和の理想を追求した憲法で、世界に類のない、理想の憲法である。無抵抗のキリスト教の愛の精神に通じているのではないか。

あなたの敵を愛しなさい、というイエスの言葉を実際の生活の中でどういうことなのか常に思いながら信仰の生活を続けて生きたいと願う。

TOPへ