有神論と無神論

山本三和人

 神は人間の誤認能力を超えて存在するか、存在しないものです。人間の理性の目で神を探したり推理したりして、神が「ある」と言っても、あるいは「ない」と主張しても、神の存在や非存在の証明にはなりません。したがって、そのような有神論や無神論が信仰の確立に役立つはずはありません。信仰の確立に役立たないのは無神論であって、有神論ではないと思う人があるかも知れませんが、人間の憶測に基づく有神論は、私たちを神ならざる神に導く恐れがあります。その意味では憶測による無神論よりも危険です。神の存在を実証することができないから、神は存在しないと主張するのが無神論だとすれば、神の不在を実証することができないから神あひる、と説くのが有神論です。この二つの主張の違いは、神が「いる」と「いない」の言葉の違いだけであって、いずれも神の存在や非存在を学問的に確かめた上で唱えている議論ではない、という点では同じです。ですから、有神論も無神論も、共に「世は自分の知恵で神を認めるに到らなかった」という信仰の論理に反する思想の表現であることにまちがいありません。無神論より有神論のほうが信仰的であるとか、神のみこころにかなっているとか、ということでもありません。逆に無神論が有神論よりも神から遠いとか、罪深い主張であるということでもありません。世の知恵で探し当てるような形では、神は存在しません。

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